ホーム >心臓病をよく知ろう>忍び寄る危機、慢性腎臓病

心臓病をよく知ろう

慢性腎臓病は最近になり注目されてきた疾患であり、末期の腎不全まで症状が出現することがないため、あまり歴史上の人物で腎疾患でなくなったという人は多くありませんが、モーツアルトの死因は以前から尿毒症ではなかったかといわれています。浮腫、関節痛、腹痛、皮下出血などの症状があったのでオーストリアの医師で音楽史学者のDavies の紫斑性腎症説が有力視されていますが、成人での死亡率は1%であるので他の腎炎の可能性もあります。明治天皇はワインを好み、美食家だったということですが、明治37年に糖尿病を発症し、明治45年には意識障害に陥り、東京帝国大学教授青山胤通により尿毒症と診断され崩御。当時はまだ珍しかった糖尿病性腎症だったと思われます。森鴎外は偉大な小説家であり軍医でもあり、自分が萎縮腎であると診断していたようですが、乏尿、浮腫がみられていました。いずれも慢性腎臓病によるものです。 我々腎臓内科医が診療する疾患は慢性腎臓病(糖尿病性腎症、慢性糸球体腎炎、腎硬化症、ルー プス腎症、先天性腎疾患 など)、ネフローゼ症候群、急性腎障害、水・電解質障害、腎性高血圧、透析療法、腎移植などですが、現在最も患者数が多く、末期腎不全の予備軍になっており克服しなければならないのは慢性腎臓病です。ここでは慢性腎臓病について主に述べます。 末期腎不全に至るとすべての腎臓の機能が失われて、尿毒症に至ります。働きにより症状を分け ると 1)水分の排泄の低下によるむくみ、胸水、肺水腫、2)老廃物排泄障害による、高カリウム血症、尿毒症、3)造血ホルモンの減少による腎性貧血 4)ビタミンDの活性低下による骨粗鬆症や血管の石灰化などがありますが、そのなかでも肺水腫や高カリウム血症、尿毒症は致死的なものです。 これらの腎機能障害が末期になると透析療法が必要になってきます。腎臓は多くの血管系と200 万個の糸球体と糸球体でろ過された原尿を再吸収するいくつかの尿細管部分に分かれ、他の臓器より複雑な構造をしています。これをネフロンといいますがネフロン数が約5%,10万個以下になると末期腎不全になります。しかしながら末期腎不全に至っても透析療法でふつうは命を長らえることができます。他の臓器が慢性の機能不全に陥るとそれを長期に肩代わりする人工臓器ができないのに、透析療法は体外循環により半透膜で体液と電解質を調整することで数十年も延命が可能です。 透析療法は複雑な構造をした臓器が簡単な原理で代替えできる不思議な治療法です。
奥田 誠也 しかし、透析患者は増加の一途をたどり31万人をこえています。 国民健康からも医療経済からも放置できない現状です。慢性腎臓病対策に学会、厚労省、自治体などで取り組んでいる理由のひとつです。 それとともに慢性腎臓病患者の多くは心血管病で死亡するということが明らかになってきて、心臓腎臓連関を念頭においた対策が必要になっています。しかしながら、慢性腎臓病の進行を阻止する治療法はまだ確立されていません。透析導入患者の原疾患の比率はかつては慢性糸球体腎炎が多かったのですが、次第に糖尿病性腎症が増え、2000年前後で逆転しています。この2―3年は糖尿病性腎症は横ばいですが、腎硬化症と原因不明が増加しています。 透析患者の予後は正常人ほど良くはありませんが、他国と比較すると極めて良好です。しかし、糖尿病性腎症や腎硬化症など全身の血管障害を合併する原疾患では慢性糸球体腎炎や多発性嚢胞腎に比して成績が良くありません 透析患者の予後にもっとも関連するものは、心血管病ですが、図1に示すように正常人でも透析患者でも加齢とともに心血管死亡率(CVD)が増加しますが、人種、性差を超えて透析患者の心血管死亡率が十数倍高くなります。 一方慢性腎臓病が注目されるようになったのは、透析に至ってない保存期慢性腎臓病患者での心 血管病の増加で、早期に慢性腎臓病に介入して治療することが大切と世界の腎臓学者が認めたことです。そこでK/DOKI-K/DIGO 組織が慢性腎臓病の定義を作っています。簡単な定義で 1)検尿異常か腎の形態学的に異常が確定しているか、2)推定GFR(eGFR)60ml/min/1.73 以下のいずれかが3か月持続する場合を慢性腎臓病としています。またeGFR を90以上 60-89、30-59、 15-30、15ml/min/1.73未満の5段階のステージに分けています。 日本人のeGFR の計算式はeGFR=194×年齢-0.287×血清Cr-1.094(女性は×0.739)と年齢と血清クレアチニンと性差で算出します。多くの医療機関や検査センターではクレアチニンを測定するとeGFR を自動的に計算されています。 Go らはアメリカの保険会社の加入者112万人をeGFR ごとに分類し平均2.84年経過を観察しeGFR の低下は心血管病,死亡、入院の独立した危険因子であり、これが慢性腎臓病と心血管病との関連を示したNew England Journal Medicine の最初の論文でした(図2)。同じ時期にKeith らは慢性腎臓病患者をeGFR ごとに分類し、平均6.6年の経過観察で慢性腎臓病患者の大部分は透析あるいは腎移植に至る前に心血管病で死亡するという驚くべきデータを示しました。しかし日本人の慢性腎臓病で同様な心血管病による死亡が増加するか疑問視されましたが、久山町研究において、後ろ向き研究でしたが、慢性腎臓病を持つ患者(eGFR‹60)では慢性腎臓病でない患者に比して12年の観察で、3倍の心血管病の発症率でありました。
奥田 誠也
剖検による冠動脈病変もeGFR が落ちるにしたがって狭窄や石灰化が進行することを示しています。また久山町のコホート研究では、28年の経過で慢性腎臓病患者が男女とも増えていることも明らかにしています。その原因としてはメタボリック症候群の増加をあげています。メタボリック症候群の患者に慢性腎臓病患者が多く、高血圧、高血糖、高脂血症、肥満の因子が多ければ慢性腎臓病の患者数が増えます。すなわち、慢性腎臓病の増加は代謝性疾患の患者の増加によることが大きいと示唆されます。 奥田 誠也
日本の慢性腎臓病患者は透析患者31.4万人、eGFR‹60の慢性腎臓病1340万人、これに蛋白尿の患者を加えると1630万人と膨大な数になります。しかしすべての慢性腎臓病患者が透析を必要とするわけでなく、末期腎不全になる前に寿命を終える患者が大半です。 奥田 誠也 奥田 誠也